
過度な「優しさ」が部下を追い詰める――ホワイトハラスメントと、人材の成長を支える組織のあり方
「小さなお子さんがいるから、負荷の高い案件からは外しておこう」「療養明けだから、責任の重い仕事はまだ早い」――善意から生まれるこうした配慮が、相手の成長機会やキャリアを奪ってしまうことがあります。近年「ホワイトハラスメント」とも呼ばれるこの問題は、行為者に悪意がないからこそ、表面化しにくい性質を持っています。
本コラムでは、日本ハラスメントリスク管理協会の知見をもとに、過度な配慮がなぜ受け手を追い詰めるのかを整理したうえで、それを人的資本経営の視点から会社として捉え直し、従業員の成長機会をどう確保していくかを、foxcaleの視点から考えます。
過度な「優しさ」が部下を追い詰める
(※本セクションは、日本ハラスメントリスク管理協会 執筆コラムに基づき構成しています)
職場におけるハラスメントへの意識が高まる中、多くの管理職や同僚が「相手を傷つけないように」「負担をかけないように」と配慮を重ねるようになりました。
しかし、その配慮が過度なものとなり、結果として相手の成長機会やキャリアを奪ってしまうことが、新たな問題として認識されるようになっています。最近では、こうした状態を指して「ホワイトハラスメント」という言葉も使われるようになりました。
ホワイトハラスメントが厄介なのは、行為者に悪意がまったくなく、むしろ「自分は良いことをしている」と信じている点です。このため、明確な言動の不適切さを指摘して是正を促すことが難しく、人事や管理職が意識して目を向けなければ、問題として表面化しにくい性質を持っています。
ここでは、行為者の「優しさ」や「思いやり」がなぜ受け手の疎外感や焦りへと変わってしまうのか、その構造と、人事・管理職としてどのように向き合うべきかを考えます。
過度な配慮による排除の事例
現場で起こりがちな事例を見てみましょう。いずれも、当事者にとっては「気遣い」であり、周囲からも「配慮のある上司」と見えているケースです。
・「育児・介護中だから」という決めつけ
「小さなお子さんがいて大変だろうから、急な対応が必要なプロジェクトからは外しておこう」「介護で疲れているだろうから、出張のない定型業務に回してあげよう」と、本人に確認することなく、周囲が「無理に違いない」と判断してしまうケースです。
・「体調への気遣い」による機会損失
病気療養明けの社員や持病を持つ社員に対し、「体調が一番だから、責任の重い仕事はまだ早い」と、能力に見合わない補助的な業務ばかりを任せ続けるケースです。
・「女性(あるいは若手)だから」という保護意識
「遅い時間までかかる交渉は女性には酷だ」「若いうちから厳しい現場に出すと潰れてしまう」といった、属性に基づく過保護な振る舞いです。
受け手と組織に生じる影響
「〇〇で大変だろうから、楽な仕事を」といった配慮は、受け手には「期待されていない」「戦力外通告をされた」と映ることがあります。
・受け手の心理
過度な配慮を受けた部下は、培ってきたスキルを発揮する機会を失い、自身のキャリアが停滞することへ焦りを募らせます。同期が新しい挑戦を重ねる中、自分だけが守られ、成長の機会を得られない状態が続けば、自信を失ってしまうのも無理はありません。
また、情報共有から外されたり重要な会議に呼ばれなくなったりすれば、組織からの疎外感を抱き、仕事への意欲も徐々に低下していきます。
さらに、部下の側から声を上げにくい点も問題を複雑にしています。上司が良かれと思って配慮している以上、「もっと仕事を任せてほしい」と伝えることが相手の善意を拒むように感じられ、本音を言い出せなくなるためです。その結果、不満や違和感を抱え込んだまま、モチベーションの低下や突然の離職という形で問題が表面化します。
・組織への影響
組織全体で見れば、優秀な人材の能力を十分に活用できないという機会損失が発生します。また、特定の誰かを過剰に配慮することは、その分のしわ寄せが他のメンバーにいくことを意味します。周囲に「なぜあの人だけ楽をしているのか」という不満が溜まれば、チームの連帯感は崩れ、組織全体の生産性低下を招きます。
過剰な配慮を避けるために、現場にどう促すか
過度な配慮による排除を防ぐために必要なのは、自分の物差しで相手を測らないことです。人事としては、勝手な推測を直接の対話に置き換えるよう、現場に促していくことが求められます。
・本人に直接聞く
現在の状況で、どのような働き方を希望するかを本人に直接ヒアリングすることが出発点です。制約がある中でも、どの程度の責任や挑戦を求めているのかは、本人にしか分かりません。
・期待を明確に伝える
配慮をする際も、「あなたにはこの役割で貢献してほしいと思っているが、今の状況で調整が必要な部分はありますか」という順序で話すことが大切です。期待していること、そして継続できる方法を一緒に考えたいというスタンスを示すことが、疎外感や焦りを防ぐ鍵になります。
・期限付きの配慮と定期的な見直し
状況は変化します。一度決めた配慮を固定化せず、「まずは3か月、この体制でやってみて、その後に業務負荷を再考しよう」といった、段階的な復帰や挑戦のステップを共有することが重要です。人事としては、こうした見直しの機会が個々の管理職の善意に任されたままにならないよう、定期的な面談や配置検討の場に組み込んでおくことが有効です。
本当の「思いやり」とは
本当の思いやりとは、相手を安全な場所に囲い込むことではなく、相手が望むキャリアを歩めるように、障害を一緒に取り除いていくことです。
「配慮」という壁で相手を排除していないか。管理職や同僚として、目の前の相手を一人のプロフェッショナルとして見ているかを、今一度問い直す必要があります。対話を恐れず、相手の可能性を信じることが、ハラスメントのない、持続可能な職場環境を作る第一歩になります。
「守る」だけでは人は育たない――人的資本経営の視点から
(※本セクションは、当社の知見に基づく考察・解説です)
ここまでは、過度な配慮が受け手と組織に与える影響と、現場での向き合い方についてのお話でした。ここからは、この問題を「個々の管理職の優しさの問題」ではなく、会社としての経営課題として捉え直してみたいと思います。
人材は「守る」対象ではなく、「投資し、成長を支える」資本
近年、人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる「人的資本経営」の考え方が広がっています。経済産業省の「人材版伊藤レポート」(2020年)とその続編である「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)がこの考え方を体系的に示し(※1)、2023年3月期以降は上場企業の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針などの人的資本に関する情報開示が求められるようになりました(※2)。
人的資本経営の要点の一つは、従業員一人ひとりの成長そのものが企業価値の源泉である、という認識です。この視点に立つと、ホワイトハラスメントの問題は違った姿で見えてきます。
過度な配慮によって挑戦の機会を与えられない従業員は、その期間、成長の機会を失っています。本人のキャリアにとっての損失であると同時に、会社にとっては、育成すべき人的資本への投資を止めてしまっているのと同じことです。育児や介護、療養といった事情を抱える従業員は、決して少数ではありません。その人たちの成長を「配慮」の名のもとに止めてしまえば、会社全体の人的資本は確実に目減りしていきます。
ホワイトハラスメントは、会社として対処すべき問題である
ホワイトハラスメントは法律上の定義がある用語ではありません。しかし、厚生労働省がパワーハラスメントの代表的な言動として示す6つの類型には、「過小な要求」、すなわち業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことが含まれています(※3)。善意による配慮であっても、本人の意思を確認せず、能力に見合わない業務ばかりを長期にわたって割り当て続ける状態は、外形的にはこの類型と重なる部分があります。
もちろん、育児や介護、体調に応じた業務調整そのものは、必要かつ正当な配慮です。問題は、その配慮が「本人の希望に基づいているか」「期限と見直しの機会が設けられているか」「成長機会の確保と両立しているか」という点が、誰にも確認されないまま固定化してしまうことにあります。
ここで大切なのは、これを「配慮のさじ加減」という個人の判断に委ねきらないことです。個々の管理職は、部下を思って判断しています。その判断が結果的に部下の成長機会を奪っていたとしても、本人にはその自覚がありません。だからこそ、会社として次のような仕組みを持つことが必要になります。
- 業務上の配慮を行う際は本人の希望を確認し、期限を設けて定期的に見直すことを、運用ルールとして明文化する
- 育児・介護・療養などの事情を抱える従業員についても、成長機会(新しい役割、研修、プロジェクトへの参加など)を確保する方針を、人材育成方針の中に位置づける
- 管理職研修において、「過度な配慮」がハラスメントの一形態になり得ることを、具体的な事例とともに伝える
会社が「従業員一人ひとりの成長機会を確保する」ことを方針として掲げ、その方針が守られているかを確認する。ホワイトハラスメントへの対処は、そうした人的資本経営の実践そのものだと言えます。
従業員の声に耳を傾け、現場を把握する努力を怠らない
方針を掲げ、ルールを整えたうえで、なお残る課題があります。それは、この問題が「声として上がってきにくい」という点です。
先に述べたとおり、過度な配慮を受けている側は、相手の善意を否定することになるため、「もっと任せてほしい」とは言い出しにくいものです。相談窓口に「配慮されすぎて困っている」という相談が寄せられることも、現実にはまれです。相談件数が少ないことをもって「問題がない」と判断してしまうと、この種の問題は見過ごされ続けます。
そのため、会社の側から従業員の声を聞きに行く努力が欠かせません。
エンゲージメントサーベイは、その有効な手段の一つです。「自分の能力を発揮する機会があるか」「成長を実感できているか」「上司から期待されていると感じるか」といった項目の回答を、部署別や属性別(育児・介護中の従業員など)に見ていくことで、特定の層で成長実感や期待感が低下していないかを確認できます。
同時に、1on1や日々の対話の中で、管理職が「今の業務の範囲は、あなたの希望と合っているか」「もっと挑戦したいことはあるか」と、こちらから問いかけることも重要です。相手が言い出しにくい話題であるほど、問いかける側が先に扉を開く必要があります。
ただし、サーベイは年に1〜2回程度の実施が一般的であり、回答のタイミングによっては、その時点の状態しか捉えられません。また、1on1で本音が語られるかどうかは、上司と部下の関係性に大きく左右されます。特に、配慮している上司その人に対して「配慮されすぎている」と伝えるのは、部下にとってもっとも難しいことの一つです。こうした手段には、それぞれに限界があることも、あわせて認識しておく必要があります。
日常のコミュニケーションから、組織の課題を捉える
サーベイや対話を補い、組織の状態を継続的に把握する手段として、日常のコミュニケーションデータに目を向けるという考え方があります。
ホワイトハラスメントの影響は、実は日々のコミュニケーションの中に表れています。ある従業員が、いつの間にか特定のプロジェクトの連絡から外れている。以前は頻繁にやり取りしていたメンバーとの接点が減っている。会議の招集からも外れ、情報共有の輪の外に置かれている。こうした変化は、当事者が声を上げなくても、メールやチャットといった業務コミュニケーションの中に、やり取りの偏りや途絶として現れます。
当社が開発を進めている「fairscope」は、こうした日常のコミュニケーションデータをAIで解析し、組織の状態を可視化するHRインテリジェンスサービスです。メールやチャットなどの業務コミュニケーションから、部署やチームの中でのやり取りの構造やその変化を継続的に捉え、特定のメンバーが情報共有の輪から外れつつある兆候や、チームの対話の状態の変化を、人の感覚だけに頼らず定点的に確認できるようにすることを目指しています。
ここで強調したいのは、こうした仕組みは「誰かを監視する」ためのものではなく、また日々の対話に代わるものでもない、という点です。fairscopeが示すのは、対話を始めるべき場所についての「気づき」です。「このチームで、この数か月、特定のメンバーとのやり取りが目立って減っている」という気づきがあれば、人事や管理職は、その背景に過度な配慮による排除がないか、本人に直接聞きに行くことができます。声が上がってくるのを待つのではなく、こちらから声を聞きに行くための手がかりを得る。それが、日常のコミュニケーションを組織の状態把握に活かすことの意味です。
なお、コミュニケーションデータの活用にあたっては、従業員への十分な説明と、分析の範囲や結果の開示先についての合意が前提となります。fairscopeでは、こうした設計を導入時にお客様とともに行うことを基本としています。
結びに
人的資本経営とは、突き詰めれば「従業員一人ひとりの成長を、会社が本気で支えること」です。過度な配慮によって成長の機会を奪ってしまうことは、その本気度が問われる場面だと言えます。
「守ること」と「育てること」は、対立するものではありません。事情を抱える従業員の状況に配慮しながら、なお成長の機会を確保していく。そのためには、会社として方針を掲げ、仕組みを整え、そして従業員の声を聞きに行く努力を続けることが必要です。
御社の組織では今、「配慮」の名のもとに、誰かの成長が止まっていないでしょうか。その問いに向き合うところから、次の一歩が始まります。
出典
※1 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書(人材版伊藤レポート)」(2020年9月)、「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)」(2022年5月)
※2 「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正(2023年1月31日公布・施行)により、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から、サステナビリティ情報の記載欄が新設され、人材育成方針・社内環境整備方針および関連指標の開示が求められている
※3 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)における、職場のパワーハラスメントの代表的な言動の類型「過小な要求」
一般社団法人 日本ハラスメントリスク管理協会
「ハラスメントを解消し、品性のある組織づくりを目指す」を理念に掲げる一般社団法人です。企業のハラスメント対策や、ハラスメントを組織内から予防するための専門家(講師・相談員)の育成、各種教育・研修などを提供しています。

fairscope(フェアスコープ)
fairscopeは、メールやチャットなどの日常のコミュニケーションデータをAIで解析し、組織の状態を可視化するHRインテリジェンスサービスです。
特定のメンバーが情報共有の輪から外れつつある兆候や、チームの対話の状態の変化を、人の感覚だけに頼らず定点的に確認し、対話を始めるべき場所への「気づき」を提供します。現在、有償PoC(概念実証)のお申し込みを受け付けています。

